今はお月さま在住のうさこの写真と日々のつぶやき
うさこが旅立った翌日は、私がお昼からの勤務だったので、午前中はうさこと一緒でした。
夜になってからだったかな、うさこが傷まないように、保冷剤を使用。
冷たいけどごめんねと謝りながら。

そして、さすがにお葬式しないといけないので、火曜日の夜間を予約し、1時間早退して
歴代うさこが眠る霊園で、お葬式を済ませました。
本当は、昼間、青空の中、お葬式をしてあげたかったのだけど。
翌日の水曜日なら午後からお葬式ができたのだけど、さすがに保冷剤を使用しているとはいえ
厳しいかなと断念。

動物霊園には、7時過ぎに到着。
予約の電話の際に対応してくれた方が、丁寧に対応してくれた。
記入した書類を見て、うさこの年齢に驚かれていた。
うさぎさんもたくさん見送ってきたけど、これだけ長生きさんはいない、
そして、毛艶もとてもきれいだと。

入れてきた木箱から段ボールの棺に移して、持ってきたニンジンや牧草も入れていいとのこと
なので、ペレット、ニンジン、菜っ葉、ブロッコリの茎、牧草をあちこちに入れてあげた。
帰りに買ってきたりんごと旦那がもらってきたというみかんも1個づつ。

人間でいう白装束になるものとしてちゃんちゃんこみたいなものがあると言われ、
どうしようかと悩んだのだけど、上からかけてあがることに。
これに、何か言葉を書いてあげてくださいとのことで、旦那は書けない!と言うので
私も涙で曇りながらも「ありがとう、うさこ」と書いた。

最後にいっぱいいっぱいなでなでして、写真も撮った。

その後、支払いなど諸々の手続きを済ませる。

焼却場の方へ移動し、本当に最後のお別れをする。
お骨上げの担当者の方から、高齢で小動物で骨も弱いと思うので、ゆっくり時間をかけてさせていただくので
40分程度と言われる。

待合室で待つ。
いつも、歴代うさこたちのお参りに来て、ここで少しお茶などを飲んで休憩する場所だけど、
今日は違うんだよね。
待ってる時間も長かったかな、やっぱり。
待っている間も涙が出てくる。
「こんな夜にお葬式して、お目目見えないうさこだから、ちゃんとお月さまに行けるかな」と
私が言うと、「もう元気な体になってるんだからお目目は見えてるし、大丈夫や」と旦那に言われる。

そして、呼ばれてお骨上げの場所へ入る。
そこには、小さくなった白い遺骨が。
さきほどの女性の担当者の方が、丁寧に丁寧にひとつひとつの骨のことを説明してくれた。
悲しさを紛らせてくれているかのように、いろいろと話しかけてくれた。

ゆっくり焼いたこともあるけど、普通高齢の子たちの遺骨は、もっと脆くて形があまり残っていない
ことが多いのだけど、この子は骨が丈夫だったんですね、と。
頭の形もしっかり残っていた。
骨壷には、座った状態で入ってもらうそうで、足元からお骨上げをしていく。
歯も、ちゃんと残っていた。そしてきれいだった。
歯は何ともなかったんだなあ。
丈夫で健康な歯に恵まれたことも、長生きできた理由のひとつだったんだよなあと改めて納得した。

鼻のあたりの説明のときに、嗅覚も高齢になってもしっかりあったと思います、と。
高齢の子は、たいてい鼻の骨のあたりに色がついていないのだけど、この子はうっすら茶色くついているでしょう?と。
これは、嗅覚がしっかりあった証拠なんですよ、と言われる。
そっかあ。でもまあ、若いころよりは鈍くなっていた気がするけど、いろんな大好物の匂いには
ほんと敏感だったもんなあ。サークル内でそわそわと動き回っていたなあ、うさこ。

お骨上げのときは、泣くこともなく、とても不思議な空気というか、ただただ目の前の遺骨を見つめ、
いろいろと納得したりしながらの時間だった。

担当の女性も、この仕事に携わってきた中で、一番のご長寿のうさぎさんですと言われた。
そして、いろいろと動物と暮らしてきて、うさぎも3匹ぐらい(だったかな?)、飼ったことがあるけれど、
どの子も5歳を超えることができなかった、と。
だから、この子は本当に天寿を全うしたんですよ、と言っていただいた。

こうして、無事お葬式を済ませることができました。
そして、小さくなってまた我が家に戻ってきました。

お金の話を書くのはどうかなあと思ったけれど、一応ご参考までに、記録のために。

個別火葬代・返骨 20,000円
ペットサイズ   17,000円
白装束       1,500円
夜間手数料     3,000円

合計       41,500円


先日、サークルを撤去するときに、辛くて泣いてしまうかなと思ったけれど、
大丈夫でした。
中途半端で簡易だけど移動してきた仏壇コーナーが、サークルのあった場所にあるから、
うさこはここにいるもんね。
今までは2か所のお水を替えていたけれど一つにして、毎朝替えて、お線香を焚いて手を合わせています。

亡くなってから、うさこの写真をたくさんプリントアウトして飾ろうと思っていたけど、
やってないなあ^^; 
こういうところは、ずぼらというか、めんどくさがりというか、ついつい時間がないとかいう理由で
できていませんが・・・
でも、生前から、あちこちにうさこの写真は飾ってあるからなあ。
リビング、和室、トイレにも、寝室にも。

これで、やっと区切りがついたかな。
書く気持ちになれなかったわけじゃなく、ただ毎日仕事とかでドタバタ過ぎてしまっていて、
パソコンの前に座っても、ひたすら現実逃避をしてばかりだったなあ。

今年の冬は、ほんと寒さが厳しくて、長かったな。
でも、春はもうすぐそこまでやってきているんだよね。
もうすぐ4月。なんかまだ実感がわいてこないんだけど^^;
4月・・・そう4月!
うさぎめくりの4月の扉がもうすぐめくられる。

今年の桜の開花は少し遅くなるようだけど、今年はうさこの写真と一緒にお花見だ。

文章ばかりのだらだら日記でした。        3月29日 記

追伸:今までいただいたコメントにお返事していなくて、ごめんなさい。
   すべてしっかり読ませていただいております。
   いつもありがとうございます。

【2012/03/29 16:45】 | うさこ
|

さみしいね
こむぎママ
最期お二人に見守られ旅立って行ったと聞き安心しました。
最期の日もちゃんとご飯を食べて、大往生だったと思います。
骨が綺麗なのは健康だった証拠ですね。
それでも長く一緒に暮らした子が居なくなるのは本当に寂しいね。
お辛いのにお話くださってありがとうございました。
うさこちゃん又会いましょう。


コメントを閉じる▲
診察結果の記事を書いて続けて一気に書こうと思ったけれど、なかなか書けず、
またしても日にちがあいてしまいました^^;

百か日忌も過ぎたし、いい加減けじめつけなきゃね。

20日の晩御飯も、いつも通り用意をしたものの、依然団子状態でじっとしているうさこは
ケージ内から出てこようとしない。
菜っ葉の入ったお皿を団子になっているうさこの前に持っていったけど口にせず。
やっぱり今日は体力使わせてしまったよなあ。
午後からおそらくほとんど牧草も口にしていないと思われたので、少しでも食べてもらおうと
菜っ葉をうさこの口元に持っていくと、ゆっくり少しだけもしゃもしゃと食べてくれた。
これを数回繰り返した。
もう少ししたら、また食べてくれたら、と、そのままサークル内に置いておいた。

その後も、ずっと団子状態。
呼吸が苦しいのか、鼻の穴もかなり開いていて、お顔も上向き気味でした。

少し菜っ葉も食べてくれたし、お薬を飲ませようと思い、21時半ごろだったか、旦那さんの抱っこで
お薬を飲ませました。
ちゃんと飲んでくれたので(嫌々する元気もなかったのかもな)、お口直しと水分補給も兼ねて
りんご100%ジュースをシリンジで少し飲ませたのです。
よく、水分飲んだ後にお腹がキュルル~と鳴ることがあるけど、その音が鳴りました。
すると、その直後にとても大きな痙攣(ひきつけ?)を起こしました。
思い切り背中を反ったのです。
慌てて私と抱っこを代わり、二人して声をかけながらなでなでをしていたのですが、
その後も大きなひきつけを2回ぐらい起こしました。
肺を圧迫しないようにとそっと抱っこしていたので、私が抱っこを代わってから
下に落としてしまいました。旦那さんには怒られ、私もうさこに謝る。

ひたすらなでなでをし続け、声をかけ続けました。
このときの声って、「うさこ」って呼ぶ以外は「がんばれ」じゃなくて、
なぜか「大丈夫、大丈夫、びっくりしたね」
「大丈夫だよ、大丈夫だよ」ばかりでした。
呼びかける声は平静を装っていましたが、私の心臓はずっとバクバクでした。

だんだんと呼吸が弱くなっていきました。
人間用の聴診器があるので(昔、うさこ用に買ったもの)、旦那さんが
確認しましたが、動いていませんでした。

最後は眠るように私の腕の中で、旅立ちました。
よく、最後にキィーとか今まで聞いたことのない泣き声を発するようですけど、
うさこの場合、それはなかったです。
きっとその体力もなかったのかな・・・

りんごジュースを飲ませたことが、スイッチになってしまったのかもしれません。
少量とはいえ、冷蔵庫から出してすぐの冷たいジュースで、弱った体には冷たすぎて
刺激が強かったんだと思います。
もう少し早く冷蔵庫から出しておけばよかった。

悔やまれることは本当にいろいろとある。
病院に連れて行っていろいろと検査を受けたことで、さらに体力を消耗させて
寿命を縮めてしまったのかもしれない。
でも、この日連れて行かず、同じような状況になり最後を迎えてしまっていたら、
間違いなく、どうして病院に連れて行かなかったのだろうと自分を責めたと思います。
最後に状況を理解したことは、よかったと思っています。

後日、先生のところに報告とあいさつに行ったときに、いつから水がたまっていたのか、
いつから呼吸が苦しかったのか、を勇気を出してお聞きして、だんだんと溜まっていったと思うから
そんなに長く苦しかったわけではないと言っていただき、少し心が楽になりました。

旅立ちの午前中までしっかり食欲があったのは、うさこらしいというか、
この食欲旺盛さが、ほぼ普通に過ごせていたんだろうなと思いました。

そして、うさこなりに十分がんばって、私たちがいる日曜日、二人ともリビングにいた時を
選んで、旅立ったのかなと思えてきました。
これも勝手な私たちの解釈なのかもしれないけど、日が経つにつれてそう思うようになりました。
それでもあっという間に行き過ぎですけどね。

旦那さんは、うさこに向かって、泣きながら「ありがとう、うさこ」って声をかけてました。
私は、あまりにもあっという間のことで涙も出ず、ただうさこを抱っこし続けていました。
いつものように、抱っこしてなでなでしているかのように・・・
泣けてきたのは、それからどれぐらいしてからだろう、覚えていないけど。

これが、うさこの旅立ちのときのこと。
この記事を書いていて、久しぶりにやっぱり泣けてしまいました・・・

お葬式のときのことを少しだけ、次のエントリーでアップしておきます。


【2012/03/14 16:04】 | うさこ
|


ひろこ
うちも昨日が100日忌でした。
さすがに涙は出なくなりましたが、
まだまだ悲しいし、会いたい・触りたい、
って思います。ころたんが恋しい…。

うさこちゃん、リンゴジュースがきっかけじゃないような気がします。
シュガーラビットさんとダンナさま、二人とも働いてるから、
二人が揃ってそばにいてくれる時を待って…
だったんじゃないかなぁ、と思います。
もし寿命がもう少し延びていても、誰もいないときに旅立ってしまったら…
と思うと、変な言い方だけど、お二人揃って看取れて、
そのほうがずっと、うさこちゃんにとっても幸せなことだったと思います。
私も『しし丸もころたんも絶対自分の腕の中で看取る!』って
心の中で決めていて、ふたりともそうできました。
安心して最期は旅立てたんじゃないかな、って思います。


コメントを閉じる▲

2月26日は100日忌でした。ちょうど日曜日だったし、霊園にお参りに行ってきました。まだ遺骨は我が家にあるんだけどね。そして先週の土曜日3日にはやっとこさ重い腰をあげサークルを撤去しました。その同じ場所に和室に置いていた収納家具を移動させ、上に仏壇もどきコーナーに置いていた一部も移動。まだまだ中途半端な状態だけどとりあえず形になったかな。家具の中はうさこのものやうさぎグッズの小物も移動する予定だけどまあボチボチて

【2012/03/11 20:21】 | 携帯より
|
Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...